コンビニである商品を買った顧客に対し、「なぜその商品を買ったのですか」と質問したとします。果たして、顧客の何割が明確な説明をすることができるでしょうか。
従来のマーケティングでは、「顧客のことは顧客がもっともよく知っている」という考えのもと、顧客からニーズを聞き出して商品開発に活用する取り組みが重視されてきました。しかし、実際には顧客は直感で商品を選んでいる場合も多く、顧客自身に答えを求めても明確な回答を得ることが難しいという実態があります。今回は、顧客自身が自覚していない欲求である「顧客インサイト」について、重要な理由やメリット、顧客インサイトの見つけ方など詳しく解説します。
インサイトには、直訳すると「洞察」や「発見」、「物事を見抜く力」などの意味があります。
「顧客インサイト」とは、顧客がその商品やサービスを利用するに至った、購買行動の裏にある潜在的な欲求を指します。商品を選んだ理由が、「安いから」「なんとなく好きだから」という曖昧なものだとしても、実は顧客自身も自覚していない欲求や理由が潜んでいるものです。そのような顧客の深層心理を理解することが、より魅力的な商品・サービスの開発や、効果的なマーケティング戦略につながります。
モノが売れない時代においても、安定して売上を伸ばしている商品は存在します。そのようなヒット商品の裏では、こうした顧客の隠れた心理を企業が見抜き、思わず買いたくなってしまう仕掛けをつくっているのです。
顧客インサイトに似た言葉に「ニーズ」があります。
ニーズとは「顧客が求めているもの」のことで、「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」に分けられます。顕在ニーズは顧客自身が自覚しているニーズです。それに対して潜在ニーズは、顧客に欲求はあるもののはっきりとは分かっていない、「無意識に求めている」ニーズを指します。
潜在ニーズと顧客インサイトは似ていますが、顧客インサイトは潜在ニーズの更に深層にあり、顧客自身が認識すらしていない無意識の欲求になります。
近年、高品質で手ごろな商品やサービスが豊富にそろうようになり、競合との差別化が難しい時代となりました。厳しい競争を勝ち抜いて自社商品を選んでもらうには、顧客自身が自覚していない欲求を把握し、マーケティング戦略に落とし込むことが重要です。顧客インサイトを把握することで、顧客の本当に望む商品やサービスが開発できるようになり、市場競争力の向上につながります。
顧客の心理を見抜くには、複数の調査を組み合わせて顧客の購買行動を総合的に理解することが求められます。顧客インサイトの見つけ方を手順を追って説明します。
顧客インサイトの把握には、まずデータの収集が必要です。データを収集するには、以下のような方法があります。
あらかじめ用意した質問に対して多数の人に回答を求める調査方法です。質問を定型化することで効率よく回答を得られるというメリットがあります。
個別の回答者に対談形式で質問を投げかける調査方法で、回答者の反応を肌で感じることができるのが特徴です。回答者の表情や声のトーンに注目し、言葉で語られない顧客の気持ちも探り出せる可能性があります。
ソーシャルメディアから消費者の声を集める手法です。ソーシャルメディアでは消費者の正直な気持ちが表れやすいので、アンケートやインタビューでは拾いにくいマイナスの意見も収集することができます。
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ソーシャルリスニングについては、下記の記事で詳しくご紹介しています。あわせてご確認ください。
ソーシャルリスニングとは?注目の理由や方法、手順を解説
次に、収集したデータを分析し、共通の傾向やパターンを見つけ出します。顧客インサイトでは、顧客の深層心理を深堀する必要があるため、定量的データと定性的データの相互分析を行うことが大切です。定量データでおおよその傾向の検討をつけ定性データで深堀をする、または定性データで仮説を立て定量データで裏付けを取る、など総合的に分析することが有効です。
分析したデータから、顧客インサイトを見つけ出します。
顧客インサイトは顧客自身が把握していない欲求や本音です。「顧客はこう考えている」という固定観念があると、顧客の深層心理にたどり着くことはできません。顧客の目線になって、柔軟な視点で考えるようにしましょう。
顧客インサイトの把握ができたら、その結果をもとに再度アンケートを実施したり顧客データと掛け合わせることで、さらにブラッシュアップしていくことも可能です。
顧客の心理を理解すると、具体的に企業にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。ポイントをまとめて解説します。
顧客インサイトを得ることで、顧客が本当に求めているものや価値を理解し、それに基づいて製品やサービスを最適化できます。これにより、市場での競争力を向上させることが可能です。
顧客インサイトはターゲット市場の行動や好みを理解する手段となります。これにより、効果的なマーケティング戦略やキャンペーンを展開し、適切なメッセージを伝えることができます。
顧客のニーズや期待に応えることで、顧客満足度が向上します。満足度が高い顧客はリピーターになりやすく、口コミや推薦を通じて新規顧客を引き寄せることが期待できます。
顧客インサイトは潜在的な市場ニーズを発見する手助けとなります。顧客の生の声やフィードバックから新しいアイデアやニーズを見つけ出し、それに応じた新しい製品やサービスを提供することができます。
顧客インサイトを活用することで、他社との差別化を図り、独自の価値提供を行うことができます。これにより、顧客にとって自社がより魅力的な選択肢となり、競争優位性を築くことができます。
顧客インサイトを元にした戦略的なマーケティング活動は、広告やプロモーションの効果を向上させます。顧客の心に響くメッセージやアプローチを採用することで、キャンペーンの成功率が向上します。
顧客インサイトを用いた効果的な戦略は、ビジネスの成長を促進します。顧客の信頼を得つつ、市場での存在感を強化し、新規顧客を獲得することができます。総じて、顧客インサイトは企業が市場において成功するために不可欠な要素であり、持続可能な競争力を築くために重要な役割を果たします。
200年代の初め、Apple(アップル)のiPodは、販売直後から爆発的にヒットしました。CDやMDなどの音楽媒体が主流だった当時、「音楽はCDで聴くもの」という概念を一変させ、インターネットを介してデジタルコンテンツをダウンロードするという新しい方法を提供したのです。
顧客自身が「こんな商品やサービスが欲しい」というニーズを抱えていたわけではありません。しかし、顧客の心理を理解して従来にはなかった利便性の高いビジネスモデルを作り上げたことによって、iPodは大きな成功を収めることができました。
顧客の心理から新たな発想の宣伝や広告を打ち出して販売を拡大させた「ゴットミルク・キャンペーン」をご存じでしょうか。
ゴットミルク・キャンペーンとは、1990年初頭に米国カリフォルニア州の牛乳加工業者が立ち上げたキャンペーンです。当時のカリフォルニア州では牛乳の売上減少が深刻化しており、1980年の1人あたりの年間消費量は30ガロンであったのに対し、1993年には24.1ガロンにまでに落ち込みました。
そこで、牛乳加工業者は牛乳をよく飲む消費者に対して1週間牛乳を飲まないように依頼し、どんなときに牛乳を飲みたくなったかを調査しました。すると、「パンやシリアル、クッキーなどを食べるときに牛乳が欲しくてイライラした」という回答を得ることができました。
この回答をもとに牛乳加工業者は、「パンやシリアル、クッキーなどを食べる場面と連動させれば、牛乳の消費量が上がる」という仮説を立てました。そして、牛乳のPOP広告を牛乳売り場ではなくシリアルやクッキーの売り場に展開し、また牛乳のテレビCMを流す時間帯を「朝食」「おやつ」「夕食後のひと時」などに集中させたことにより、キャンペーンの翌年に売上を1億ドル増加させることに成功しました。
ゴットミルク・キャンペーン以前には、「牛乳は栄養価が高い」という点を強調したキャンペーンを展開していた牛乳加工業者ですが、残念ながら売上につながることはありませんでした。このことからも、顧客インサイトからきめ細かい施策を打ち出せば、商品の訴求力が高まることが実証されています。
最後に、顧客インサイトを見つけるのに役立つポイントをご紹介します。
自動車製造の父であるヘンリー・フォードが遺した有名な言葉に「もし顧客に直接何が欲しいかを問えば、もっと速く走る馬が欲しいと答えただろう」というものがあります。この言葉は顧客インサイトの真髄で、フォードが自動車を生み出した背景をよくあらわしています。
「もっと速く走る馬」という顧客が求めている手段にのみ注意を払うのではなく、「短時間で目的地に到着したい」という目的を忘れないようにしましょう。顧客インサイトを得るには、手段から本来の目的を探り、顧客が抱えている悩みを根本的に解決する方法を考えましょう。
ある調査において、コンビニの買い物客が購入する商品の数を調べたところ、「1点」と「2点」という回答が合わせて全体の約半数を占めました。この「購入数が2個以下」という事象から「カゴを持たずに買い物をする客が多い」ことが原因であると推測し、「店内の数カ所にカゴを設置すれば購入数は増える」という仮説を立てて実験を行ったところ、顧客1人当たりの購入数が増えたそうです。
このように現象から原因を探って問題を解決するという方法も、顧客インサイトを得る方法として有効です。
顧客インサイトを得るには、顧客の行動に矛盾を見つけるという方法もあります。日清食品は、この方法で若者の間で人気を誇るカップヌードルをシニア世代にも根付かせることに成功しました。
従来のシニア向け商品というと、減塩や低カロリーを訴求した商品がほとんどでした。しかし、日清食品が調査を進めたところ、SNSで豪華な食事の写真を投稿するシニア世代の姿が目立ちました。
「口では健康志向と言いながらも、自由に好きなものを食べている」という矛盾した行動を見抜いた日清食品は、プレミアム感のある「カップヌードルリッチ」を2016年4月に発売。50代男性層や60代のアクティブシニア層に受け容れられ、発売7ヶ月で販売累計1400万食を突破しました。
「顧客が気付いていないニーズを見抜く」と言うと難しく聞こえますが、事例から分かるとおり、視点を少し変えるだけで販売を拡大するチャンスは巡ってきます。顧客がどのような悩みを抱えているかを考えてマーケティング施策を練り、販売強化を目指しましょう。
企業は顧客が潜在的に抱えているニーズや悩みを明らかにするだけではなく、その課題を解決するためにどのようなコミュニケーションをするかを考えることも重要です。そういったコミュニケーションをデザインするためのヒントは『広告だけではない!「人の気持ちをデザインする」コミュニケーションデザインで成功する秘訣とは?』のコラムをご確認ください。さらに、TOPPANクロレではさまざまな表現手法で顧客とのコミュニケーションを支援しています。詳細は『TOPPANクロレのサービス・製品~お客様のコミュニケーション戦略をトータルサポート~』をご覧ください。
TOPPANクロレでは、デジタルマーケティングに関するさまざまな施策によるお手伝いを承っております。お悩みがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。