そこで富士フイルムは、当時、社長に就任した古森重隆氏(現会長)による号令の下、企業を挙げてイノベーションに取り組んだ。強みとしたのは、世界一のフィルムを目指し、利益を惜しみなく投入してきた研究開発から得たコア技術の数々だ。
それらの技術を、どの市場に投入すべきか。デジタルマーケティング戦略推進室の前身「e戦略推進室」のミッションは、まさにそのコア技術と市場のニーズをマッチングさせるところから始まったという。コトラーの「イノベーション×マーケティング」を地で行く話だ。これが20年ほど前に、既に実践されていたというのだから驚きである。
「今でこそ『プロダクトアウトからマーケットイン』といわれるような変革ですが、その時我々の経験したものは、より過酷であったと言うべきでしょう。マーケットインという場合は、そこに市場はありますが、我々の場合は市場すらなかったからです。培ったコア技術とそれが求められる未知なる市場を探すために、デジタルを活用しました」と板橋氏は振り返る。
例えば、富士フイルムには、光学フィルムに関する高い技術があった。当時のディスプレイ市場では、液晶とプラズマが競合していたが、当初はプラズマが有利と目されていた。というのも液晶には、横から見ると色が反転するという大きな欠点があったのだ。
だが、その液晶パネルに富士フイルムの光学フィルムを重ねると色の反転がなくなった。それにより一気に欠点が解消し形成が逆転。今、ディスプレイの市場を見渡してみれば、液晶が勝利をしたのは明らか。富士フイルムの技術が逆転のトリガーになっていたのだ。
「当社には、高度な光学フィルムの技術がありました。その光学フィルムを、液晶パネルに活用することを思いついた人がいたわけです。結果が分かった今なら簡単なマッチングのように思えますが、この結果に私たちが足を使って辿りつくには、大変な苦労が必要です。ですから当社では我々のコア技術を、デジタルを通じたアプローチにより、利用したい方にWEB上で“見つけてもらう”ことで、コンタクトしてもらえるよう工夫したのです」(板橋氏)。
こうしたデジタルマーケティングの手法は、オンラインプリントやフォトブックのeコマースを手掛けることなどでコツコツと学んだという。グローバル企業であるメリットを生かし、デジタルマーケティングの先進国であるアメリカの拠点が持っていたノウハウも活用した。
そうした結果、フォトブックサービスの売上は3倍に拡大。ほかにもナノ技術を生かしたヘルスケア分野で新規事業を展開するなど、カメラやフィルムに変わる事業の柱を多角的に構築することに成功したのだ。
なぜ富士フイルムでは、先駆的にデジタルマーケティングを成功に導くことができたのか。板橋氏は大きく2つの理由があると分析している。
1つには、先述の通り、自分たちでeコマースを育てたこと。もちろん最初は、社内にスキルはなかったが、自らの手でeコマースの運営を行い、さまざまな施策を実践していった。その結果、デジタル人材が育っていったという。eコマースは実践した施策が直接売上に返ってくるので、自分たちで評価がしやすかった。「成果を確かめながら、デジタル活用を学べました」と板橋氏は述べる。
そして、もう1つの理由は全社組織として活動できたことだ。「特に新規事業を展開するとなれば、最初は担当者が少ないので、新しいデジタルマーケティングの手法に挑戦をするほどの余裕はありません。そこでデジタルマーケティング戦略推進室を横断的な組織として独立させ、ナレッジを蓄積したうえで、各事業部に共有して展開する形で進めました。それが結果につながりやすかったのではないでしょうか」(板橋氏)。
板橋氏は、現在のマーケティング組織が果たすべき役割は「ABCDEF」で表現できると考えている。このABCDEFとは「アドバタイジング」「ブランディング」「コンテンツクリエーション」「データベースマネジメント」「イベントオペレーション」「フレームワークディベロップメント」の頭文字だ。
その中でも特に、現在のデジタルマーケティング推進室は「フレームワークディベロップメント」を重要視しており、それを推進する機能を担っている。マーケティングプロセスを科学的に設定してフレームワークを開発していく役割だ。具体的には、フレームワークディベロップメントを実現するために「ファシリテーション」「コンサルティング」「サービス提供」の3つの活動に注力している。
デジタルマーケティング戦略推進室で行っている「ファシリテーション」というのは、例えば複数の事業部を束ねて、展示会などを企画すること。集まった顧客からの情報を共有し、マーケティングに役立てるのは、単体の事業部で行うのは難しいためだ。
「コンサルティング」とは、事業部が持つ特定の製品に対してデジタルマーケティングの設計を代行することだ。これもまた、それぞれの事業部だけでは、マーケティング計画の立案やデジタル活用を実践しづらいからである。
「『サービス提供』になると、予算からデジタルマーケティング戦略推進室が預かり、売上にコミットする形でマーケティング施策を設計・実践します。いずれも、全社組織として動けるのでノウハウの蓄積も多く、事業部を超えた横展開なども可能なのが、大きなメリットです」(板橋氏)。
こうした話を聞くと、富士フイルムはデジタルマーケティングの先駆者であり、巨人のように見えるかもしれない。だが板橋氏は、「あくまでも地道な努力を重ねてきて、今がある」と説明する。聞いてみれば、デジタルマーケティングを推進する上でありがちな、営業部門からの反発といった苦労も経験したそうだ。
「デジタルに対する“食わず嫌い”は、どうしてもあります。でも、担当するお客様のデータを分析してみると、営業にとって想定外の製品に興味を持っていることが発見できます。そんな小さな体験を積み重ねていけば現場は必ず変わるはずです」と板橋氏は力を込める。そして、これから企業が発展していくためには、「デジタル化を進めない理由はないですね」とも。
富士フイルムは市場崩壊を経験し、デジタルに乗り遅れた同業者が生き残れなかった事実を目の当たりにしている。だからこそ、反発はあってもデジタルを含めた変革を受け入れる素地があったのだろう。
「今は、新型コロナウイルスの影響で、なかなか人と会えないわけです。そんな時代だからこそ、デジタルマーケティング戦略推進室の役割は、より重要性を増していると感じています。これまでのナレッジやノウハウを、我々がハブとなりグループ全体に伝えていくことを目指しています」(板橋氏)。
1985年富士フイルム入社。R&D、電子映像事業部、イメージング事業部にて、デジタルカラープリントやチェキの技術開発、商品企画、事業戦略を統括。2012年より現職。スピード、ストラテジー&サイエンスをモットーに富士フイルムグループのデジタルマーケティングを推進。
1988年TOPPANクロレ入社。企画制作部門でプロモーション企画、商品企画、イベント企画などを多数手掛ける。2017年よりマーケティング部門に異動、自社サイトのコンテンツ制作、ウェビナーの企画運営などの業務に注力、デジタルマーケティング領域の活性化が職務。
TOPPANクロレでは、WEBサイトやEC事業の構築・リニューアルも含めた幅広いデジタルマーケティング支援サービスを提供しています。お客様の課題や外部環境を踏まえた上で、企業(またはブランド)の強み・特長を、データに基づいて洞察、咀嚼/翻訳し、課題解決へ向けた戦略プランの設計から運用までをお手伝いしております。
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